本書では、冒頭、決して忘れてはいけない成田空港の歴史に触れ、その後、この歴史と切り離して考えることのできない羽田の再国際化がどのような経緯で進められていったか、更には、4本目の滑走路供用後の能力拡大によって羽田の国際線が急速に拡大していくことに伴い、二つの空港の間の国際線の分担関係がどのように変容していったかを述べていくこととする。そして最後に、羽田及び成田に代表される我が国の空港整備について、その全体を概観しつつ、公共事業を担う行政とは何かについて考えていくこととしたい。
国際線を担当することを条件にできた成田空港だが、その後、少しずつ羽田でも定期チャーター便が運航しはじめ、民主党政権下で本格的に羽田が再国際化する。著者は当事者なので当然のように書くが、相手国に、成田の成り立ちを理由に羽田の相手は国内便専用空港といっても話が通じないのではないかと思う。
