親愛なる同志たちへ

1962年6月1日、フルシチョフ政権下のソ連で物価高騰と食糧不足が蔓延していた。第二次世界大戦の最前線で看護師を務め、共産党市政委員会のメンバーであるリューダは、国中が貧しい中でも贅沢品を手に入れるなど、党の特権を使いながらも父と18歳の娘スヴェッカの3人で穏やかな生活を送っていた。
そんな中、ソ連南西部ノボチェルカッスクの機関車工場で大規模なストライキが勃発。生活の困窮にあえぐ労働者たちが、物価の高騰や給与カットに抗議の意思を表したのだ。この問題を重大視したモスクワのフルシチョフ政権は、スト鎮静化と情報遮断のために高官を現地に派遣する。そして翌2日、街の中心部に集まった約5000人のデモ隊や市民を狙った無差別銃撃事件が発生。リューダは、愛娘スヴェッカの身を案じ、凄まじい群衆パニックが巻き起こった広場を駆けずり回る。スヴェッカはどこにいるのか、すでに銃撃の犠牲者となって“処分”されてしまったのか。長らく忠誠を誓ってきた共産党への疑念に揺れるリューダが、必死の捜索の果てにたどり着いた真実とは……。

川崎市アートセンターで見てきた。リューダの父が途中から軍服を着始め、白軍との内戦時代の凄惨な思い出を語るが、コサックの軍服なのだろうか。